2020年公演に関するひとつの結論
今年2020年の春から初夏にかけて、藤田くんは『CYCLE』と『かがみ まど とびら』と題した作品をそれぞれ発表するはずだった。でも、いずれも公演は延期されることになった。藤田くんの作品が延期されるのは、9年ぶりのことだ。2011年3月、藤田くんは『まいにちを朗読する』と題したワークショップの発表会をするはずだったけれど、震災の影響で延期されることになった。それは確か、藤田くんにとって初めてのワークショップだった。
「あのときは原発の問題もあったし、計画停電の中、自分の作品を上演する場所まで足を運ばせることは、すごくリスクを伴うことだなと思ったんですね。そこにはチケット代だけじゃなくて、劇場まで足を運んでもらって、そこから家に帰る時間も必要なわけで、演劇というのはそういう拘束力のある表現なんですよね。皆が同じ時間にひとつの場所に足を運ぶことで成立する表現だっていう。ぼくらはきっと、『上演する』と決めれば、劇場に集まって作品を発表することはできると思うんですよ。ただ、そこで観客の皆さんに『劇場に足を運ぶ』と判断させるのは、とても大変なことだなと思ったんですよね」
今年の夏、予定どおりに『cocoon』が上演されるのかどうか、ずっと気がかりだった。
ゴールデンウィークを過ぎてからというもの、新規感染者として発表される数字は下がっていたし、「新しい生活様式」という言葉も繰り返し耳にするようになっていた。ただ、ワクチンや治療薬が開発されたわけではなく、感染の確率が下がっただけだ。
もし上演するとなれば、観客だけでなく、俳優やスタッフを含めて大勢の人たちを劇場に集めることになる。上演に至るまでにも、何十日と稽古場に集まる必要がある。そこにはリスクがつきまとう。リスクを背負いながら最大限の配慮をしながら上演することは可能だけれども、『cocoon』という作品が描いているものを――藤田くんがここ数年描いてきたことを――考えると、もしも「今年の上演を目指して走り出す」と言われたとしたら、その決断を心から応援できないなと思っていた。だから、正直に書くと、藤田くんの言葉にほっとしたところもある。
「今の時代っていうのは、『cocoon』がモチーフとしている75年前の戦争の時代とすごく似てると思う」。藤田くんは言葉をつづける。「作品の中で描かれている戦争は、やるべきじゃなかった戦争だと思うし、どうにもこうにもいかなくなった時代に、どうにもこうにもいかなくなった戦地に派遣されて、そこで死ぬしかない命があったわけですよね。『cocoon』というのは、そこで『看護しろ』と言われた女性たちの話で、その女性たちも半数以上が亡くなっている。それを描いた作品を今の状況で上演して、そこに観客の足を運ばせるってことは矛盾していくんじゃないかっていう。7月からのツアーを強行するってことは、ぼくが作りたい『cocoon』のイメージから離れてしまうし、多くの人を巻き込んでいくことを考えると、今やるべきではないんじゃないかっていうことがひとつの結論としてありました」
今年の夏の『cocoon』は、上演が見送られることになった。ただ、今回上演できないにしても、2022年の夏、今年予定していたよりも大きな規模のツアーとして上演を目指したいのだと藤田くんは語る。公演の延期自体は早い段階で決断していたものの、発表まで時間を要したことには理由があるようだった。
関連記事
-
-
政治家に学ぶ“絶対に謝りたくない”ときの言い回し。奇妙な「政界語」が生まれるワケとは?
イアン・アーシー『ニッポン政界語読本』(太郎次郎社エディタス):PR -