「パチスロライターと一緒にメダルゲームをする芸人」のキャスティング

『勇者ああああ』芸人キャスティング会議

文=板川侑右 編集=鈴木 梢


アルコ&ピース平子祐希が番組内で「むせかえるほど安いギャラ」と公言する、テレビ東京(以下、テレ東)の低予算ゲームバラエティ『勇者ああああ』。予算がなくたって、テレ東には「金がないなら企画を考える、有名人が出せないなら素人をおもしろく撮る」の伝統芸能がある。
連載「『勇者ああああ』キャスティング会議」では同番組の演出・プロデューサーを務める板川侑右氏が、過去に呼んだ芸人・いま呼びたい芸人とその理由などをお話する。

「輝け!メダル王への道」キャスティング会議

キャスティング、それはテレビ番組の中でも視聴率を左右するかなり重要な要素である。当然人気者や話題の人物のスケジュールを押さえるのは困難であり各テレビ局で取り合いになる事は必至。M-1グランプリで優勝したコンビのマネージャーの電話が放送直後鳴り止まないなんていうのは「少しでも旬の人を呼びたい」という番組制作者の努力が垣間見えるシーンである。

2018年夏、『勇者ああああ』制作スタッフはテレビ東京の会議室で「輝け!メダル王への道」という企画のキャスティング案を出し合っていた。「ゲームセンターにあるメダルゲームを本物のパチプロがプレイ、その様子を個室ビデオで流れていそうなパチンコ番組のパッケージに落としこんでスタジオで流す」という視聴者の需要があるとは到底思えない謎企画である。数時間の会議の後に最終キャスティング案としてホワイトボードに書かれていたラインナップは次のとおりである。

  • 木村魚拓(パチスロライター)
  • 安藤遥(パチスロアイドル)
  • お侍ちゃん
  • アイアム野田(鬼ヶ島)

パチスロ番組に詳しい水口健司ディレクターが興奮のあまり「ドリームマッチじゃん!」と声をあげた。「どこがだよ」などと野暮なことを言う者はいなかった。高視聴率を取ることが第一目標であれば絶対にありえない出演者陣。そこにあるのは「個室ビデオで観るパチンコ番組」を地上波で流してみたいというスタッフのよくわからない熱意だけである。“夢のような”ではなく “夢じゃなきゃどうかしてる” キャスティングという意味で間違いなくこれはドリームマッチなのだ。善は急げとばかりにアシスタントプロデューサーが速攻で事務所に連絡。

「お侍ちゃん……スケジュールあるそうです!」

「当たり前だろ」なんて野暮な事を言う者はもちろんいない。一合取っても武士は武士、延宝9年生まれのベテランテレビタレントお侍ちゃんがハマったという事実で企画が現実味が帯びてきた。

お侍ちゃん
お侍ちゃん(サンミュージック所属)

「魚拓さんはマストだから。仕込めないなら俺は撮らない」と巨匠山田洋次ばりのこだわりを突然見せ始める水口ディレクター。 とにかく笑える物を撮って視聴者に見せたいという「武士の一分」ならぬ「ディレクターの一分」を感じた瞬間であった。

ちなみにそんなスタッフ陣の熱意で生まれた「輝け!メダル王への道」は2018年8月9日の深夜に放送され、P1層(※)と呼ばれる限られた人たちからは大好評、多くの視聴者からは大不評という予想どおりの反響をいただいた。番組に寄せられたご意見の多くは「CSのパチンコ専門チャンネルでやればいい事だと思います」という反論の余地一切なしのごもっともな物であった。正直、視聴率はそこまで悪くなかったがスタッフとしてやりたい事はやったしこれ以上展開も思いつかないので現段階で二回目を放送する予定はない。先日別件でお侍ちゃんに会った際に「あの企画あったらまた呼んでください」と言われたがもうやらない。武士に二言はないのである。

もちろんこの「輝け!メダル王への道」はかなり極端な例ではあるが、『勇者ああああ』のキャスティングは一般的な番組のそれとだいぶ違う。ヤマグチクエストと名乗る無名タレントに30分延々とゲームのプレゼンをさせてみたり、大林素子さんを ASH&D推しのお笑いファンとしていじってみたり、 まったくゲーム経験がない料理研究家の園山真希絵さんを意味もなく引っぱり出してみたり。知名度とか好感度とかは一切考えずにこっちが考えたお笑いゲーム企画にハマりそうかどうかの1点だけで出演者を考える。パチスロライターと一緒にメダルゲームをやる企画に寺田心くんが来てもたぶん面白くならない。というか出てくれないと思う、意味不明過ぎて。そもそも心くんサイドに得がない。

こういう風に書くと中には「尖っている」と思う人がいるかも知れないがそうじゃない。冒頭にも書いたが人気者や話題の人を呼んで視聴者の皆様にお見せするのはテレビの大命題である。ただ残念な事にそれにはお金がかかる。MCである平子さんが番組内で「むせかえるほど安いギャラ」と公言するくらい『勇者ああああ』には予算がない。当然大物タレントに出てもらう余裕なんてないので自然と交通費の支払いが発生しない東京の無名若手芸人やいじってもいい正体不明の文化人をゲストに呼びがちになる。

しかしながらそれが“先輩と絡むと実力を発揮できない”でおなじみのアルコ&ピースとちょうどいい空気感を作る要因にもなっており、面白いから結果オーライという事で番組はそのスタンスを崩すことなく丸3年を迎えようとしている。「金がないなら企画を考える、有名人が出せないなら素人をおもしろく撮る」というテレ東の伝統芸能は『勇者ああああ』でもどっこい健在である。

そんなわけでこのコラムでは他であまり見かけない芸能人を積極的に起用する“日本一出演のハードルが低いゲームバラエティ”『勇者ああああ』で演出プロデューサーを務める僕が今呼びたい芸人さんを紹介し、「なんでこの人をキャスティングしたいのか」みたいなことを番組の裏話なんかも絡めつつ書いていきたいと思う。まさかその第1回がお侍ちゃんについて書くことになるとは思わなかったけど。無念。

※P1層:番組内でハチミツ二郎(東京ダイナマイト)が休日の朝にパチンコ店に並んでいる人達もしくはその類の人々をたとえた造語

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