マームとジプシー『cocoon』を再訪する【第1回前編】現実以上に「ほんとうのこと」に耳を傾ける

2020.4.23

現実以上に「ほんとうのこと」

夢という言葉から、思い出す風景がある。

目をあけると、、、きょうもまた、、、朝が訪れてしまった、、、
べつに、、、願っていたわけではないのに、、、
やっぱり朝は、、、やってきてしまった、、、
夢をみていた、、、夢の、、、あれはたぶん、、、いまじゃない、、、
時代が、、、きっといつだか、、、むかしの、、、
わたしが知らない、、、どこか、、、とおくの、、、

今日マチ子+藤田貴大『cocoon on stage』(2013年、青土社)
マームとジプシー『cocoon』初演 2013年8月5日~18日(東京芸術劇場シアターイースト) 撮影=飯田浩一

これは2013年にマームとジプシーの『cocoon』が初めて舞台化されたとき、青柳いづみさん演じるサンが冒頭に語ったモノローグだ。

「なんだろう、夢って見るじゃないですか」。首里城公園を歩きながら、藤田くんが語り出す。「小さいころから、夢でしか訪れない場所が何カ所かあって、その夢を月に何回かは見るんです。『cocoon』を初演したとき、離人症のことを――「ほんとうはわたしはここにはいない」って考えてしまう次元のことを――考えていたんですけど、それが夢であっても、そこがほんとうの部屋だっていう状態になってしまうと、抜け出せなくなると思うんですよね。そんな状態になるってどういうことなんだろうって、ずっと考えてるんです」

夢とはいったい、何を指すのだろう。

夢の対義語は「現実」である。では、夢と現実の境界線はどこにあるのだろう。

『証言 沖縄スパイ戦史』に登場する瑞慶山良光さんは、戦場の記憶から抜け出すことができず、村中を荒らし回って歩くようになったという。今で言えばPTSD(心的外傷後ストレス障害)である。良光さんは集落の人たちから「いつも兵隊の真似して部落を荒らして歩く」と軽蔑され、独房に軟禁されていたという。自身の戦争体験を郷里の人からも信用してもらえず、「兵隊幽霊」と蔑まれた良光さんは「夢」を見ていたのだろうか?

あれは2年前、2018年の秋のこと。『書を捨てよ町へ出よう』(作:寺山修司)という作品を上演するべくパリを訪れたとき、街では大規模なストライキが発生していた。公演翌日に街を歩くと、大通りではショーウィンドウが割られ、燃やされた車がひっくり返っていた。そんな風景を目にした藤田くんは、「こうやって何かを目の当たりにしても、『マジか』ぐらいしか思わないんですよね」と呟いた。「現実の風景を見ても、それが自分の中で永遠に焼きついたものにはならないんですよね。そこで『現実のほうが現実感がない』と思っている自分の感触を、自分がほんとうだと思っている『嘘』の世界に、変にこじつけたくないんです」

2018年10月、パリの路上には何かが燃えたあとの匂いが立ち込めていた

藤田くんは演劇をつくる。劇場という空間で、「嘘」を、「夢」を描く。それはきっと、現実以上に、藤田くんにとって「ほんとうのこと」であるはずだ。

『cocoon』(2010年)は、ひめゆり学徒隊に着想を得て、今日マチ子さんが描いた漫画である。それを藤田くんは2013年に舞台化し、2015年に再演した。2015年は戦後70年を迎える節目の年でもあり、全国6都市で巡演された。そのとき藤田くんは、劇場まで足を運んでくれるお客さんがいることで、世界が変わるのではないかと期待していた。でも、世界は変わるどころか、ますますひどくなるばかりだ。「現実」を支えるはずの言葉が、何かをごまかすための嘘で塗り固められてゆく。そんな状況を前に、自分が扱う「嘘」とはいったいなんだろうと藤田くんは自問自答したはずだ。

園内を歩いているうちに、「西のアザナ」という展望台に出た。そこから西海岸を見渡すことができた。

「飛行機飛んでるよ」と青柳さん。

「どこ?」

「ずっと遠くに――違う違う、そんなに上じゃないよ」

いつまで経っても、藤田くんは飛行機を見つけられなかった。ふいに工事の音が響く。「今の音、一瞬マシンガンの音に聴こえたわ」と藤田くんが言う。「でも、昔はこんな工事の音だって耳にしたことがなかったわけだから、戦争が始まってから聴こえてきた音は、めちゃくちゃ怖く感じただろうね」

展望台には、目の前に広がる風景の案内図が設置されていた。一番遠くに見えているのは残波岬だと書かれていた。残波岬がある読谷村の海岸から米軍が上陸してきたのは1945年4月1日のことだ。その日から、この島で地上戦が始まったのだった。

*マームとジプシー『cocoon』を再訪する【第1回後編】「音のない世界で」は、2020年4月24日配信予定


  • マームとジプシー『cocoon』
    原作:今日マチ子『cocoon』(秋田書店)/作・演出:藤田貴大(マームとジプシー)/音楽:原田郁子

    東京|7月4日(土)〜7月12日(日)東京芸術劇場プレイハウス
    埼玉|7月18日(土)〜7月27日(月)彩の国さいたま芸術劇場 小ホール
    上田|8月1日(土)〜8月2日(日)サントミューゼ 上田市交流文化芸術センター 小ホール
    北九州|8月9日(日)北九州芸術劇場 中劇場
    伊丹|8月14日(金)〜8月16日(日)AI・HALL 伊丹市立演劇ホール
    京都|8月22日(土)〜8月23日(日)京都芸術劇場 春秋座(特設客席)
    沖縄|8月29日(土)〜8月30日(日)ぶんかテンブス館テンブスホール

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橋本倫史

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橋本倫史

(はしもと・ともふみ)1982年東広島市生まれ。物書き。著書に『ドライブイン探訪』(筑摩書房)と『市場界隈 那覇市第一牧志公設市場界隈の人々』(本の雑誌社)。琉球新報にて「まちぐゎーひと巡り」(第4金曜掲載)、あまから手帖にて「家族のあじ」連載中。

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